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紙と皿のあいだ

本の感想とドールや猫の写真とか

【ネタバレ】ヱヴァQを二回みた感想

間に一晩おきつつ、初日と二日目に見てきました。
まとまらないのでそのまま長文。



初回は六本木ヒルズのTOHOシネマズの最前列右端。最近のシアターなだけあってスクリーンとの間には余裕があり、顎と首を直角にして見るってほどではない。
ともかく翻弄されまくってストーリーを理解するというより展開についていくのが精一杯だった。
数週間前の予約段階で席が殆ど埋まっていたことから考えて劇場内には熱心なファン以外は存在していなかったと考えられるが、周辺には身なりのきちんとした大人しかおらず、特に上映後のトイレで20代後半かと思われるきれいめなお姉さんたちが「旧劇当時の会場の雰囲気を思い出した」「庵野らしいメタ展開と舞城の脚本がマッチしてgood」「seeleはカヲルに〜」と熱心に話し込んでいるのが印象深かった。みんな、いい年をした大人になりました。
パンフは売店のあんちゃんの説明とオススメを受けて豪華版の方を購入した。
で、当然のように製作スタッフのインタビューがあると思ってたんだが声優のみなのね。
あれ?って感じだったけど、新劇ってみんなこうだったっけか。序・破のパンフも見直そうと思います。



二日目は渋谷のTOHOシネマズにて朝の8時から鑑賞。前は通路の右よりの席で視野が開けており最高。
3時間しか寝られなかったんだが、興奮で目もパッチリ。
基本筋が理解できているので画面と台詞に集中でき、やっと内容を理解した、ような気がする。
そうそう、何回も見て理解するのが基本だったよな〜と地上波放映時の感覚が蘇ってくる感じだった。
一回だけ見てなんじゃこりゃー!!と賛否どちらに感情が振られたにしろ、もう一度劇場に舞い戻って観ておくべきだと思うのはそこらへんで、どれだけ集中力のある人でもあの情報量を一回で処理するのは無理だと思うのです。
初回時に納得いかなかった点が腑に落ちたりもするので、再鑑賞マジおすすめ。



Twitter感想まとめ(自分用)→ まとめ1 まとめ2




以下、ネタバレ含む感想。



エヴァだ!!

なにをもってしてエヴァと評すかって話なんですが、太陽光と陰影を意識したカットやシンジのボソボソした独り言→切り替えの演出とか、次に何が起こるか先の読めない感覚そのものが、地上波放映当時の感覚を想起させてならない。
今までの新劇はTVシリーズの焼き直しにすぎないわけで、そもそも序にしたってCGリマスター版スターウォーズと同じくらいの「知ってる話だけど映画館の大スクリーンで見直すのも悪くないよな」程度のノリで見に行ったもんです。
心構えとしては「たぶんつまんないから期待しすぎないようにしよう」以外のなにものでもなく、期待しないで行ったら期待以上のものがでてきてお得だったラッキー☆ミ という感想だったわけですよ。序が面白かったので、破はそれなりに期待して見に行ったら、期待通りのものが出てきて大満足!
じゃあ、Qはどうだったか?というと、これがなんとも形容しがたい出来だった……しかし、飲み込むのに必死な感覚そのものがエヴァンゲリオンだったということを思い出させてくれた感じです。
巨神兵あらわる」からの流れにも、同時代性ってのもエヴァを支える大切な要素だったことを思い出しました。
テクストすげーいいな庵野ちゃんマジ天才すぎね?
と思っていたら舞城脚本でオラ、おでれぇただ。舞城天才ですね。
弟の顔はシンちゃんで脳内再生してみたら残酷な天使の告知すぎてとても幸せになれました。大変ありがとうございます。

■SFしている

前作までは「ジャンル:怪獣映画」だと思ってたんだけど、今作は「ジャンル:SF映画」であった。
「SFとは何か」と問われれば、「世界を変容せしめるなにかを表すなにか」と答えます。
映画なんで、うっかり間に三年も挟んでしまいましたが、もしこれがTVシリーズの中の一話だと想定してみるとシンジの心境が自らの心で理解できます。
一週間あいただけなのに14年も経ってしまった!まるで別世界!どういうことだ!!
というのが劇中のシンジの感覚で、そういう意味でも彼はTV世界に取り残された原シンジそのものであるわけです。浦島太郎です。
浦島太郎がSFかどうかついては散々議論され尽くされているので言を俟たずしてこれはSFです。


エヴァンゲリオンをSFの小ジャンルに分類するとしたら「幼年期のおわり」の末端に属する新人類ものだと思うんだけど、それがまた全面に出てきたなーと感じたのがラストシーンでアスカが発す「リリンの活動領域まで移動するわよ」の一言。
チルドレン(とは新劇では呼ばれていないけど)はすでに人類外の存在になっちゃってるという事実がサラッと提示されている。
具体的にわかるのはアスカの外見が変わっていないということと、旧人類=リリンが踏み込めない環境内でも生存適応性があるってこと。(カヲルみたいに真空内でも活動できたら面白いね)
たぶん「チルドレン」って言葉の通りにエヴァ(=母)を母体としてネオテニーの形を維持する、寄生体みたいな存在になってるんじゃないだろうか。
定期的にエヴァとシンクロし、生命のスープを摂取することで、老化しない、頑強な肉体を得ることができる。
小柄なまんまのアスカがあの分厚いガラスにヒビを入れることができたのは、彼女が筋トレに励んでいるからだけではなく(あのアスカは筋トレしてそう)新人類パワーのお陰ではあるまいか。
シンジがその力を得ていない?っぽいのは、スリープ状態で肉体が更新されていなかったため、13号機内でいろいろあったのでその後はより新人類っぽくなりました、って仮説はどうだろう。


また、チルドレンが寄生体だとしたら、ルビには「パラサイト」と95年当時にはなかった概念をのっけることも可能で、またその後ろに「シングル」もくっつけることができる。
↑にはネオテニーって書いたけど、生殖機能が衰えている可能性もあるのでは?という連想もできる。所詮は言葉遊びだけど、個体として強い種は生殖能力には劣るっていうSF的通説との辻褄は合うわけです。


旧劇のラストはアスカとシンジが新世界のアダムとイヴになるという絶望の世界で幕を閉じたわけだけど、Qのラストは+黒波という存在がある。
男女二元で旧世代的にまとまるよりも、縁(絆)が世界を繋ぐっていう方が、より新人類っぽくていいよねと個人的には思う。
カヲルが言うように、情報が残されることによってその存在は何かを伝え残すわけで、遺伝子情報を伝播することだけが生物の義務(意義)ではない。
っていう考えはネット社会の可能性さえも視野に組み込んでる感じで21世紀的かも。

社会倫理としてはパラサイトは自立せよってのが通底してるし、親の呪縛はからは解き放たれるべしとされているけど、親の遺産が切れたら現代の若者なんて生きていけるかも微妙だし、愛の乳は枯れるまでは搾取しちゃっていいんじゃないでしょうか。
逆に言うと、「親になれない子ども」たちがどう生きていくのかが :|| で描かれたら面白いですね。
その点、ミサトもリツコもマヤも母になってないっぽく見えるのも気になります。


■背景美術萌えしにくい廃墟

世界が変容してしまった故にしかたのない部分もあるんですが、背景が単調でのっぺらとしているおかげでスケールが分かりづらいところがある。
宇宙スケールのモニュメントとか、本来は萌え燃えのファクターだと思うんだけども、いまいちピンと来なかった。
廃墟と化したネルフ本部ももうちょっと萌えられてもいいと思うんだけど、綾波部屋の集合住宅萌え以上のインパクトがあったかというと、うーーーーーーーーーーーーーん。
カヲルがピアノを引いているスペースとか、漫画版ナウシカの連弾シーンのごとく植物が繁茂して大量のマイナスイオンをまき散らしててもいいと思った。あそこはQ全編を通してシンジにとって唯一の癒やしスペースなわけで、それぐらいあからさまに分かりやすく夢空間でもいいんじゃね?
ネルフ基地は埃にしろ錆びにしろ苔にしろ、明らかに2層くらいレイヤーが足りないし、同じくらいヴンターには油と蒸気が足りない。惜しい。

特に書き込み不足を感じたのは冒頭の戦闘シーンでヴンターが上昇以後のアメリカンクラッカーシーンと、13号機の降下シーン。
アメリカンクラッカーは破におけるアスカ初登場時くらいの爽快なぶん投げ感を観客に投げ与えるべきなんだけど、なんか3D CGは荒いし、比較する背景がないしで迫力が感じられなくてアーアって感じ。
13号機の降下も同じくで、Blu-rayではテクスチャかエフェクトがバリバリ加わってるんだろうなと観客は想像をたくましくさせる以外の対処法はないですね。
映像的な見所は冒頭部分とピアノ以外にはあまり感じなかった。(リップシンクと運指はすごかった)

あ、でもキャラクターの作画は好きです。序・破の骨格のしっかりしたシンジがあまり好きじゃなかったので、本田作監には喝采を浴びせたい。


キャラについて

■ミサト

二回目の鑑賞時に一番注目してしまったのが彼女。
あの変容は理解しがたいので理解したいし、そもそもキャラクタとして一番好きだというのもあって自然と目が引き寄せられたんだけど、やっぱりどうにもミサトさんを好意的に解釈したくて仕方が無い!
かっこいいキャリアウーマンとかァァァァァァ好きだからッッ!


初回時に強烈に「あり得ねえだろ!」と感じたミサトがシンジに徹頭徹尾、冷たい件について、二回目の視聴でなんとなく納得できたような気がする。
まず前提として、ヴィレのクルー全員がシンジに冷たい視線を注いでいたあたり、「シンジ=サードインパクトの原因」という認識が共有されている。
Qの脚本が震災を受けて書き直されたって話はあちこちで言及されているけど、それと照らし合わせると初号機によるニア・サードインパクトっていうのは被害者側からしてみるとどっちかというと、例の震災時に起こった「人災」の方なわけですよ。
使徒は人間には理解不能な理由で襲撃してくるのでどちらかというと「天災」に近い。それに対してサードインパクトはシンジ(チルドレン)を初号機に乗せさえしなければ防ぎ得たわけで、明確に人災です。
人類には制御不能とわかっているテクノロジーを、意図的でないにしろ悪用してしまった。図式としては後付けながら明示の「アレ」です。アトムやジャイアント・ロボのエンジンです。
ヴィレがネルフの対抗組織であるならば、ネルフの政策の不手際をあげつらって責め立てるのが人心掌握には都合がいいわけで、そこで権力を握ろうとしたら政治的な意志提示は必須ではないでしょうか。
なのでミサトさんは立場上、反エヴァ初号機≠反シンジの頭目であり、クルーの前ではシンジに甘い顔ができない状況下にある。

その後、ほぼ既知の関係者だけになった時にもあの対応なのは、やっぱり14年の重みが彼女を変えたってのがでかいと思います。
そもそもミサトのキャラクタ的立ち位置は「仕事上ではかっこいいけど私生活はだらしなくて、陽気で気の置けないかわいいお姉さん」。そんなキャラがパーマかける暇すらない、アクセサリーなんて選んでる余裕とかないからつけない(クロスのペンダントはどうなってるのか気になる)、ヒールの代わりにエンジニアブーツ(は艦内活動からして当然か)という化粧っ気のない外見になったのは、ある種の決断を済ませた後なんだろうな、と。
横にいるリツコさんがベリショにしているのは単なるファッション(利便性を兼ねた)です。それが分かるのは、彼女が未だに髪を脱色しているから。ゆるいパーマでセットをキープしているピンク髪もいるし、染料くらいは融通がきく世界なわけです。
そこでひっつめ髪。あの、ミサトさんが!!ズボラだけど披露宴のたびにドレスを変えていたミサトさんが!!職場でヒールのパンプスを履いていたミサトさんが!!!
女捨ててる感バリバリなのは加持さんの死&シンジの消失を受けてってことかな、と捉えている。皺とかあっても全然いいと思うんだが、なぜ描くのを避けたんですかね。フェミニズム的には正しくないですね。

そもそも、破のミサトはTV版と違ってシンジを全力で肯定し送り出しているわけです。
「世界なんかじゃない、あなた自身の願いのために」と叫んでしまったミサトはあの時点でシンジに同調しきっていて、たぶん本気で世界なんか壊れてしまっていいとか考えちゃってたとしか思えない。
好きなひとの一人も救えない、そんなハッピーエンドを認めない世界なんぞ壊れてしまえ!と自分勝手な願いをシンジに仮託し、願ってしまう自分とシンジの我が侭を許した。
そしてシンジがハッピーエンドを得た代わりに、脇からこぼれ落ちたバッドエンドの後始末を14年間ずっと続けてきたのが、あのミサト艦長なわけです。
ミサトの中でシンジはもう一人の自分だった、だからあの時世界をぶっ壊したのも自分である。
14年も真っ赤っかな海を見つめながらストイックにレジスタンス活動を続けていたら、自分のしでかしたことを後悔しないでいろっつうのが無理な話で、だんだんとシンジへの気持ちも複雑なものに変化していっても仕方がないんじゃないでしょうか。
逆に言うと、自分の甘い部分を全部シンジに託して14年前に捨てた(封印した)のがミサト艦長というキャラクタなのではないか。
シンジが戻ってきたことで自分の甘ちゃんな部分が復活するかもしれないのを理解していて、それを疎んでいるのかもしれないと書くと、まるでかつてのゲンドウのような人物像が浮かび上がってきます。(それはそれで単純すぎるかもしれないなって気もしますが)


ちなみに本来、破の展開を引き取るはずのTV版第弐拾話では、スープ化したシンジのサルベージに失敗し、感情を抑えきれなかったミサトはリツコを激しく糾弾します。
「シンジくんを返して!返してよぉ!」という叫びがきっかけでシンジはリアルに還元するくだりは二人の関係性を考えるにあたり、またおねショタ好き的には絶対に何があっても外せない重大要素でもあるわけだけど、これがQではアスカの「なんとかしなさいよ、バカシンジ!」に変わっている。
ひょっとして「気の良いお姉さん役」はアスカにバトンタッチされちゃった可能性はありますね。
当時のミサトとシンジの年齢差がほぼそのままアスカとシンジに引き継がれている………………!!!←自らの加齢に気づき戦慄


ミサトからしてみればシンジは「14才だった頃の自分」であって、3dインパクトで彼を失ったこと自体が、大人になりきれなかった(シンジを守りきれなかった)自分への罰。
失われた半身が戻ってくる。今度こそ、シンジを守り切る。
「今度こそ幸せにしてみせる」がカヲルの決断なら、「今度こそ守り切る」ために非情を選ぶのがミサトの決断だったのでは。
「大人」になったミサトは「子ども」だった14年前とは違い、シンジを守るために世界を捨てることを選ばない。
けれども、シンジを殺すこともできない。なぜなら、シンジは14才のもう一人の自分であり、何よりも守りたかったものだから。
あの時「世界なんてどうなってもいい!」と叫んだときの気持ちをミサトはまだ覚えているんだろうか。シンでその点が描かれるのかどうか、今からとても楽しみでならないです。


あと気になっているのが、初号機とシンジのシンクロ率が「0.00%以下」であることに、サクラが「よかったですね!」と言っている点。
ひょっとしてミサトさんが常々「シンジくんは本当はエヴァーになんて乗りたくなかったのよ」と愚痴っていたのでは?
ミサトには元々、子どもたちをエヴァに乗せることに、「自分の個人的な復讐に付き合わせている」ような罪悪感を抱えていた。
それに加えて「僕はもう二度とエヴァには乗りません」と断言してシンジは自分の元を去ったわけです。
信越しのやりとりはその後もあったけど、戦闘中のとっさのやりとりでしかなく、最後にミサトが見たのはシンジの明確な拒絶だった。
「アスカはいいのよヱヴァに人生賭けてるし」ってセリフがどこで使われていたかは忘れましたが、ともかくその意識が尾を引いていたのかもしれない。
そんなミサトにとって初号機がヴンターの核に使われるのだとしたら、それは今までシンジに背負わせてきたものをやっと自分の手で動かせるようになったってことで、願ったり叶ったりですよ。
「あなたはもう何もしないで」が「あなたはもう何もしなくていい、わたしに任せて」であったという、そんな裏読みもできるよね、というお話でした。
ハッキリ言って都合よすぎる解釈だね、このディスコミ!僕はミサトさんの味方だよ!



■カヲル

ぶっちゃけカヲルがシンちゃんパパをぶち殺し、ミサトさん首チョンパした返す刀でアスカの右腕を分断した直後にシンジがカヲルの首をはねるくらいの展開を期待していたよね。
という話を初回鑑賞後にしたわけですが、二回目を見て「あれ?いや、これはやはりこれでいいのでは……」と考え直しました。
立たせて喋ればオチになる。
そんな便利すぎるカヲルシーンが序・破と続いたばかりに、カヲルくんが全てを引っくりかえして新展開という名の福音をもたらしてくれるに違いないと思い込んでいたわけだけど、逆にTV版と同じまんま部分にこそ彼の肝があるのではって気がしてきた。


「シンジの幸せ」ってゲンドウもエヴァも使徒もミサトさんもいない平穏な世界でピアノを連弾してることのような気がするから、カヲルくんはシンジを肩に担いで北極にでも飛んでっちゃった方がいいんじゃないかな……どう考えても槍なんか抜いてる間に駆け落ちすべきだよね……というか、首輪なんでその場で捨てないのか謎だよねって連れと話ていたんだけど、間違ってた……俺、間違ってたよカヲルくん。
カヲルくんはちゃんとシンジが望んでいるものに気づいていたんだね……!


あの首輪はフォース・インパクトを未然に防ぐためのセーフティであり、複座に座るパイロットのどちらかが着用しないわけにはいかなかったわけです。
シンジが自分の罪を認めた以上、どれだけ首輪が重たくても外すわけにはいかなかった。
カヲルが首輪を外してポイするだけでは不十分。なぜかというと、シンジとカルヲがエヴァに乗るだけでフォース・インパクトが起きてしまう可能性が生じるわけです。
シンジのあの時点での願いは「もう二度とこれ以上ひどいことを起こしたくない」だったから、首輪は付けといた方がシンジ的には安心できるんですね。
でも、自分一人で背負うにはあまりにも重すぎた。
そこでカヲルは自分も贖罪を引き受けようと言うわけですが(その一方で「ふたりで、だよ」と最後まで主張し続ける。えらい)、あの行為は単純にシンジの罪をひっかぶるという過去に向けたものだけではなくて、
「フォース・インパクトは絶対に起こさないから安心して」「今度こそ君のせいにはならないから安心して」
というシンジが未来に踏み出すための助力だったんだなという、もう描かれたそのまんまの意味だったってことですね。
イイヤツだなカヲルくん……!


で、結局シンジの幸せはなんだったのかというと、トウジのことを心配しているように知人も含めて平穏にすごせる日常を取り戻すことだった。
自分一人の精神の平穏が得られればいいってことではない。
旧劇のシンジはかなりそういう状況に近かったような気がするけど、新劇はそこまで行っていなくてまだ外の世界に関わろうって気力がある。
その事実を俺たちは忘れていたけどカヲルくんは気づいていたんだね……。
いいわ、負けね。シンジくんはあなたの婿よ……って気持ちになりました。
中二病なのでカヲシンなシーンを正面きって見つめるのに照れがあったんですが、心情描写が若々しく爽やかでカレカノみたいでしたね。失われた90年代を思い返しました。
ニア・サード以後の気候がどうなっているのか謎だけど、今までのエヴァ世界が真夏なのに対して5月くらいの初夏のような涼しさを感じる絵だった。


あと、初回は心の中でツッコムのに忙しくて爆散シーンで彼の言ってることがさっぱり頭に入ってこなかったんですが、
「僕は死なないよ。情報は受け継がれる」とか「縁がきみを導くだろう」とか、
カヲルくんらしくない超前向きですごくいい内容なもんだから、シンジがトラウマでカヲルの存在を脳内から消し去るんじゃなくて、いつか思い出して心の支えにしてくれればいいなあと思いました。
あと、あそこで「どうしようカヲルくんどうしたらいい?」って身を乗り出してるシンジくんの太ももと腰のラインがすごくいい。


しかしディスコミがテーマなのは分かってはいるんだけども、カヲルもミサトもシンジのことを一度ギュッと抱きしめてやれよ!と心底思いますね。
距離の詰め方がわからないとかアホなこと言ってるシンジなんか取りあえずホールドしてから物事を説いてやればいいと思いました。
だっこの仕方を教えてあげればシンジもアスカを抱きしめられるようになるだろうから、世界は丸く収まるってもんですよ。
誰かシンジに優しくしてよ!カヲルくんは優しいけどシンジを尊重しすぎ……いや、しかし更に踏み込むと完全に依存しやがるので対応としては正しい…………。
いろいろ考え併せると、シンジの扱いに関してはカヲルが一番正解な気がする。
アフターフォローが薄すぎてトラウマにしかならないのが渚クオリティではあるが。


■マリアスマリ

何かの拍子にアスカがマリに逆襲してマリが\ニャーニャー/する感じの薄い本が欲しいです冬月先生。
でもマリがワンコくんを組み伏せて \ワンワン/ 言わせる系の本も絶滅させないでほしいです。


■リツコさん

ミサトさんかピンク髪になってマヤの目の前で寝取りたい。