紙と皿のあいだ

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劇場版『屍者の帝国』フライデーの手記・解読まとめ

更新履歴
  • 2016/02/09 記事公開
  • 02/10 フォント検証&解読ツイートの引用を追加
  • 03/31 左ページで未判別だった単語を推測で追加・修正、 Sample Translation からの引用を追加

 

まえがき

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劇場版『屍者の帝国』の Blu-ray & DVD が無事発売されました。
作品雰囲気に合わせて画面がドン暗いこともあり、劇場に通い詰めた人にとっても判読が難しかったフライデーの文章ですが、有志のファンによってズンドコ解読が進んでいます。

こちらは先日行ったオフ会の席で、目を皿にして判読をおこなった研究結果のまとめです。
オープンアカウントの持ち主ということで不承わたくしがまとめましたが、和訳の主体はほぼモブ屍者Aさん*1によるものです。
あくまでファンによる推測であり、間違っている可能性も高いのですが、なにかの参考になれば幸いです。


 

ラストシーンの手記

順番が前後しますが、まずはワトソンが×××を行うラストシーンに登場する手記から。

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原作を読んでいるとワトソン博士の最後の記録かな?と想像してしまうのですが、文章から推測すると、生前のフライデーが最後に記したもののようです。
つまり遺書。


使用されたフォントは Nella Sue*2

詳細な検証をしている方がいらっしゃいました。
ご許可をいただいたので引用させていただきます。(ありがとうございます!)


筆記体風の手書きフォントですが、「b」「r」「v」などがほぼブロック体なおかげで読みやすいのでありがたい。
ちなみに、屍者フライデーの筆記もこの書体です。*3

本編ではページの形に合わせて変形を加えているため、奥まった部分は潰れてしまい単語推測ゲームの様相ですが、幸いにしてほぼ原作と作中の台詞からの引用で構成されている上、逐語訳であったため、ある程度の補完が可能でした。


また、先行して解読を進められた方の書き起こしを元にさせていただいてます。


みぎわこさん超サンキューです!

また、(フォントの検証もされている)きっとんさんが、原作との対応をまとめてくださっていたので参考にさせていただきました。

このふたつのデータがあったおかげで、早々に原作の文章から単語を推測するという方法論が確立でき、大変捗りました。ありがとうございます。




 

左ページ 原文

????? specter, that is when the light of life has
gone off, appears certain kind of cruel beauty. If living human
????? an object. It is not that easily divisivle, but ????
????a dead body with not a scratch to be found,
beauty stands out. Beauty as a functional structure
????s shrouded in that life while alive, beauty as human.
????? which is a delicate machine of entwined bone and tendon.

What distinguishes the living and corpse.

The presence or absence of a specter.

The lost 21-gram soul.

Thought.

Language.

I wonder if words can reach a corpse. *4

 

左ページ 訳

霊素の抜けた——生命のともしびが消えた肉体には、ある種の残酷な美しさがある。生きていれば人間で、死ねば物——そう簡単に割り切れるものではないけれど、特に傷ひとつ見あたらない遺体の場合、その美しさは際立つ。生きているときにはその生命で覆い隠されていた、機能する構造としての美しさ、骨と腱が絡まり合った精緻な機械としての、剥き出しの「物」としての美しさ。

生者と屍者とを分かつものは何か。

霊素の有無だ。

失われた21gの魂。

思考。

言語。

言葉は屍者に届くのだろうか。

 

右ページ 原文

Curiously the corpse’s ocular and language(lingual?) muscles refuse the control of Necroware.
If I succeed in developing a program, that acts on these parts, perhaps the corpse will be able to see me and speak words.

Watson, I believe in the existence of the soul.
Thought precedes language. If there is language, there is a mind, and that is where the soul is.
I want to prove that.

A cold numbress has begun to develop in my head.
These are the last words that I can leave on record.

I will go and have an early peek at the future.
If I feel a soul there, I will send a signal.

From this point on, my words will be those of a corpse.

 

右ページ 訳

屍者の眼筋と喉頭筋は、何故かネクロウェアの制御を受け付けない。
もしわたしが、それらの部位に作用するプログラムを開発できれば、屍者はわたしを見、言葉を話せるようになるかもしれない。


ワトソン。わたしは魂の存在を信じる。
思考は言語に先行する。言葉があるなら心があり、そこには魂がある。
わたしはそれを証明したい。


わたしの頭に冷たいしびれが生じはじめる。
これが、このわたしが記録に残す最後の言葉だ。
一足先に、未来を覗きに行かせてもらう。魂を感じたら合図を送ろう。
これより先、わたしの言葉は屍者の言葉となるだろう。

 

解説

出典元がわかっているものをまとめました。*5

 

霊素の抜けた——生命のともしびが消えた肉体には、ある種の残酷な美しさがある。生きていれば人間で、死ねば物——そう簡単に割り切れるものではないけれど、特に傷ひとつ見あたらない遺体の場合、その美しさは際立つ。生きているときにはその生命で覆い隠されていた、機能する構造としての美しさ、骨と腱が絡まり合った精緻な機械としての、剥き出しの「物」としての美しさ。

伊藤計劃版『屍者の帝国
実習の死体を前にして。*6

 

生者と屍者とを分かつものは何か。

伊藤計劃版『屍者の帝国
セワードの台詞「生者と屍者とを分かつものは何かね」

 

霊素の有無。

伊藤計劃版『屍者の帝国
ワトソンの台詞「はい、霊素の有無です。」

 

言葉は屍者に届くのだろうか。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ II
フライデーの記述「もしこの言葉が届くのならば」

 

屍者の眼筋と喉頭筋は、何故かネクロウェアの制御を受け付けない。

円城塔版『屍者の帝国』 第一部
新型屍者を解剖するシーン。

 

思考は言語に先行する。

伊藤計劃虐殺器官
ルツィアの台詞から。
サピア=ウォーフの仮説への批判。*7

 

言葉があるなら心があり、そこには魂がある。

劇場版『屍者の帝国
生前フライデーの台詞*8
手記の原文では「language」と書かれていますが、台詞を優先し「言葉」としました。

 

わたしの頭に冷たいしびれが生じはじめる。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ I

 

これが、このわたしが記録に残す最後の言葉だ。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ I
「これが、このわたしが記録に残す最後の台詞だ。」

 

一足先に、未来を覗きに行かせてもらう。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ I

 

魂を感じたら合図を送ろう。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ I
「わたしがそこで自らの魂を見出すことが出来たなら」

 

これより先、わたしの言葉は屍者の言葉となるだろう。

円城塔版『屍者の帝国』 エピローグ I
「ここから先の出来事は当面、わたしの裡に鎖される。」




「『屍者の帝国』の English Edition が出ていれば(いろいろと)よかったのにね」という話をしながら解読を進めていましたが、ゲンロンの円城×大森×あずまんトークショーによると「ミッチェル財団が立ちふさがっているため英語圏での販売は難しいのではないだろうか、先方に確認とってはいないけど(劇場版にバトラーが出てないのもそのせい)」ってことなんで難しいのでしょう。


Sample Translation 版(3/31追記)

Alexander O. Smith による英訳文を発見したので、参考までに左ページ・1段落目の対応部分を引用しておきます。

There’s a certain cruel beauty to a body from which the spectral essence—the candle flame of life—has fled. Human when alive, a thing when dead. It’s not quite so simple a dichotomy as that, yet, in particular with this sort of cadaver without any injuries, their beauty is remarkable. It’s as though, when they’re alive, their very life hides it, that beauty of a functioning structure, of a delicate piece of machinery constructed from bones and intertwining tendons, the beauty of an “object” laid bare.

引用元
www.booksfromjapan.jp


 

回想シーンの手記

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アフガニスタンカラマーゾフ*9でワトソンが想起する生前フライデーの姿。
記憶の中の彼は身動きせず制止したままです。ただ煙草の煙が漂うのみ。

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ここでフライデーが記しているのは、冒頭のワトソンのものを含めた、劇場版プロローグのモノローグのようです。

ヴィクター・フランケンシュタイン博士が屍者の蘇りを成功させたのが100年前。

らしき「100 years」の文字が見えます。*10


書き終えたばかりの一文は

That is needed first above all (?) a corpse.

必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。

っぽいです。
説明するまでもないですが、劇場版でカットされた伊藤計劃版『屍者の帝国』の書き出しですね。
苦渋の決断により採用しなかった伊藤計劃版のプロローグを文字でのみ復活させたということでしょうか。




誤りなどがありましたら、コメントをいただけるとありがたいです。


 

おまけ

フライデーの記述コレクション。

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「Captain Burnaby orderd him to write, "He's a good-looking fellow."」
原作にもあるやり取りだけど皮肉か。

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翻訳担当です。

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長老は「名前は知らないが似た顔の男は知っている」*11と述べている模様。スペクターが出てこないので話が早い。
原作みたいに上下左右の向きに関係なく書いているフライデーの図も見てみたかったですね。


 

単語の超簡易統計

『プロローグ』じゃないですが、長編版(「文庫版あとがき」含む)の kindle に単語ごとに全文検索をかけた結果を残しておきます。
Kindle for Mac の検索表示結果がなぜか100件までなので、 iOS 版を用いています。

屍者 780
528
286
言葉 170
99
意識 84
意思 70
68*12
物語 42
進化 34
言語 18
運命 14

「死」より「生」が付く熟語が多いのだなという結果に。





劇場版公開直後に発狂していた時のまとめ。
togetter.com



Genocidal Organ (English Edition)

Genocidal Organ (English Edition)

Harmony (English Edition)

Harmony (English Edition)

Self-Reference ENGINE

Self-Reference ENGINE

〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義

〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義

*1:匿名希望

*2:リンク先はデモバージョンです。商用利用に際しては作者のサイトからフルバージョンを購入する必要がありますのでご注意ください。※同人誌の売買も商用利用に含まれます。

*3:そこはちゃんとフォントを分けて欲しかった……。

*4:「?」は判読できなかった文字を表す。

*5:手元に残しているのは電書版だけなので、頁数は記していません。

*6:状況が違うため、訳文からは「このように」を省いています。

*7:しかしその後、ジョン・ポールが生成文法を持ち出してまぜこぜにする。

*8:円城塔版『屍者の帝国ザ・ワンの台詞「言葉は意識を形作る」の転用の可能性も。

*9:アートワークス

*10:重箱の隅ですが、原作ではフランケンシュタインは博士号を取っていないことになっているらしく、「フランケンシュタイン氏」で統一されています。

*11:アレクセイの写真への返答。

*12:熟語と慣用句がヒットしているだけでした。単語としては一度も使われていません。意図的に省いている。